AI編集で気づいた客観視の重要性

山行動画とAIの活用事例

今朝、窓を開けるとひんやりとした風が吹き込んできて、季節が確実に秋へと進んでいるのを感じます。こうした落ち着いた季節には、溜まっていた作業を整理したくなるものです。先日行ってきた山行の映像を見返しながら、YouTube向けの動画編集に取り組んでいました。撮影した素材はトータルで約2時間半。これをそのまま公開しても誰も見てはくれません。そこで今回、手始めにAIを活用した要約編集を試してみることにしました。

自分自身で編集をしていると、どうしても「あの急登の苦しさ」や「偶然見つけた高山植物」など、個人的な思い入れがあるシーンを削ることができません。しかし、AIに素材を委ねて客観的に要約してもらうと、驚くほどシビアに、かつ効果的に1分程度のショート動画へと落とし込んでくれます。自分の主観を一度排し、データとして映像を律することで、視聴者にとって「何が面白いのか」が明確になる。これは、ぐうたらな私にとって、自己改善を促してくれる強力なパートナーを見つけたような感覚でした。

身体意識と客観視の共通点

この「客観的に自分を見る」という感覚は、実は過去にスポーツジムでトレーニングをしていた時の気づきと似ています。バーベルを上げたりランニングマシンで走ったりする際、ただ漫然と動くのではなく、「いま、どの筋肉がどう動いているか」を意識するようにしたことがありました。隣で跳ねるように走る人を横目に、自分の上体の揺れを最小限に抑えようと努める。自分の動きを外側から観察するような身体意識のメタ化を行うと、トレーニングの効率が劇的に変わったのです。

また、以前に瞑想やストレッチを組み合わせた方法で体重管理に成功した時も、毎日記録をつけることで自分の状態を数値として客観視できたことがきっかけでした。動画編集においても、AIというフィルターを通すことで、自分の活動を「人格の一部」として外側から眺めることができます。自分のこだわりという「蕁麻疹」のようなストレスを抱え込むのではなく、システムに任せて整理してもらう。これによって、情報の美味しいところだけを抜き出す技術が少しずつ身についてきたように感じます。

鹿との出会いと物語の構成

今回の山行映像の中で、AIが「ここは外せない」と判断したシーンの一つに、道中で出会った鹿たちの姿がありました。私のようなおじさんが山を歩いている姿よりも、野生の鹿との触れ合いの方が、間違いなくコンテンツとしての引きが強い。これも客観的な事実です。自分の思い入れを捨てて動物コンテンツとしての物語性を重視する。AIの指摘は、時に残酷なほど正しい示唆を与えてくれます。

もちろん、2時間半の記録をすべて1分にするのは忍びないため、AIに整理してもらった「ばらまき用」のショート動画とは別に、ファンの方々へ向けた本編の編集も進めています。主観と客観のバランスを取りながら、素材の魅力を最大限に引き出す。AIとの協働は、単なる時短ツールではなく、クリエイターとしての視点を広げてくれる貴重な経験となりました。

検証の結果、AIに要約を任せることで、自分の編集の「クセ」や「無駄」が浮き彫りになりました。客観視する力を借りることは、これからのコンテンツ制作において不可欠なプロセスになりそうです。次は、今回の山行で撮影した鹿の映像をメインに据えた、特化型の動画シリーズを構成してみるつもりです。どの程度視聴者の反応が変わるのか、数字で見守りたいと思います。

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